衛兵
一番偉いのが聯隊長
行きも帰りも馬の上、衛兵整列頭ら右
軍旗、表門、裏門、弾薬庫に寝ずの番がつく、これを歩哨と言った。別に兵営、衛戌病院をぐるぐる廻る巡察兵がおり、司令以下二十名余の編成で、在営間何隻か衛兵勤務についた。
春はうれしや、 一人しよんぼり歩哨に立てぱ
花見帰りの女学生、それに見とれて欠礼すりや
ちよいと三日の重営倉
まだ初年兵の時だった、私は表門歩唱で午前七時を過ぎた、午前八時が交代なので、も少ししたら勤務が済むと考えていたのか? ふと気付くと馬に乗った聯隊長が目の前に立っていた。
聯隊長が来られる時は、遠くに乗馬姿が見えると、直ぐ衛兵所に知らせる、衛兵は司令以下舎前に整列してラツパを吹いてお迎えすることになっている。
私が気付いた時は聯隊長は営門に着いていた。慌てて衛兵所に知らせた。聯隊長ともなるとそれは貫録があって、衛兵が整列するまで馬を止めて待ってくれた、司令も優しい上官だったので事なきをえた。
営倉(牢屋)の罰は免れたが、一っ時七中隊には聯隊長を止めて敬礼させた兵隊がおるそうなと噂が流れた。
一番いやなのは弾薬庫の歩哨であった。裏山の人目のつかない淋しい所にあり、一人が立哨で、一人が動哨で囲を巡察していた、怪しいものは突き殺してよいことになっていた。
或る時、「何日の何時弾薬庫の堤の下で会おう」と約束した兵がおった。
生憎勤務が交代になった、彼女はそれを知る由もなく、弾薬庫の堤を這い上って来た。巡察は闇に怪しい物影を見つけ、銃を構えて「誰か! 誰か!誰か!」と三度呼んだ。
彼女は彼氏の合図と思って無言で声のする方へ近づいた、三度呼んで応答がないので歩哨はこの女を刺し殺した。
弾薬庫には防火用水をとる井戸がある。この井戸にも兵役に耐え兼ねた兵隊が飛込み自殺をしている。
それに因んで弾薬庫には番丁皿屋敷の怪談よろしく怪談があった。夜そばを通ると、一枚・・・二枚・・・三枚・・・と皿を数えるお菊の声が聞えると言う。
闇中を巡祭していると風が吹いて木の葉がさらさらと音を立て、忍びよる、ポプラ並本では鳶がギャア ギャア と怖い声をして鳴く、雨の夜などチョロッ チョロッ と避雷針から青い火がのぼる、雷でもあると一層激しい。
こんな夜に限って歩哨の勤務状態を偵察する別な巡察隊が廻って来る、凡そよい気持のするものではない。
衛兵ではないが厩当番と言うのがある。昼間激しい演習に耐え、夜は軍馬の不寝番である。
ある兵が眠たい盛りをふと見ると、軍馬も労れて、チンコをだらりと出し寝ていた。
この兵隊何気なく悪戯が頭に浮んで藁しびでチンコを括った、馬は驚いてチンコを引込めた。当番兵も驚いて藁しびを取除こうと、チンコを引張っても痛がってチンコを出そうとしない、当番兵は交代した。
しっこをしない馬が一頭出来た。獣医がいくら調べても原因がわからない、とうとう馬は尿毒症になって死んだ、死んでからチンコを引出して見ると、一本の藁しびが捲ついていた。
軍馬は一流兵器である、この兵が軍法会議に問われたか、禁固刑に付せられたか、重営倉で済んだか、兵われの知る由もなかった。
馬十円お前ら一銭五厘とぞ
兵我ら弾に等しき消耗品か
命一下我が身はあらず若として
兵は黙々山河を進む